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【国際/ブラジル】奇跡の再会支えた恩人のひとり 満州で別れた母は伯国に[06/08/22]
- 1 :まぁいいか(060918)φ ★:2006/08/23(水) 01:19:00.20 ID:???
- 《別府・石丸さん、新津さんと11年ぶりに》
名湯の町として知られる大分県別府市。静かなたたずまいの町並みの続く
或る一軒の応接間の一角に飾られた白人姿の老婆の写真を涙を流しながら
見入っている中年女性がいた。その傍らで感慨深そうに女性の肩を優しく、
優しく何度も何度も叩いて深い感慨と喜びを表わして、慰める姿があった。
この中年女性は聖州ミランドポリス市生まれの新津さん(五十九歳)。
傍らの女性は石丸さん(七十六歳)。そして写真の白人老婆はワレンチーナさんと
いってロシア生まれの白系ロシア人で、石丸さんの母親。このロシア生まれの
ワレンチーナさん、別府市の石丸さん、ブラジル生まれ二世・新津さんが
どうした縁で結び合ったのかー。そう今次戦争が数奇な運命を三人にもたらし、
離れられない友情を育んだものだ。
《戦争が裂いた母と娘の49年》
時計の針を六十数年前に戻す。石丸さんは旧満州で満鉄の駅長だった父と
ワレンチーナさん夫妻の長女として裕福な暮らしをしていたが、ロシアの参戦で
一家の生活は激変、日本に引き上げる際は石丸さんは父らと一緒に日本に。
折悪しくワレンチーナさんは母親の病気看病のためハルビン市の実家に帰って
いたため、交通機関は絶たれ、通信連絡もとぎれて別れ別れになったまま、
音信不通になり以来、必死に安否の調査をし続けてきたところ、一九九五年に
なって、読売新聞リオ支局の奔走などもあり、ブラジルに住んでいることが分かり、
日本に引き取りたいと同年八月、石丸さんは渡伯、この折、案内や通訳役、
日本帰国への手続きなど親身なって世話をしたのが新津さんだった。
(>>2以降に続く)
ソース:サンパウロ新聞
http://www.spshimbun.com.br/content.cfm?DA_N_ID=10&DO_N_ID=12421
総レス数 2
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取りに行ったけどなかった。次は一時間後に取りに行くです。
read.cgi ver 05.0.7.8 2008/09/25 アクチョン仮面 ★
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